神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

デーロス島(2):アポローンの誕生

デーロス島アポローンが誕生した次第は、ホメーロス風讃歌の中の「アポローンへの讃歌」で歌われています。


さて、ゼウスはお妃のヘーラーの目を盗んで、レートーとちぎり、レートーは子をみごもりました。この子がアポローンです。やがて月満ちて子供が生まれる頃になると、子供を産む場所を探したのですが、どの土地もヘーラーの怒りを恐れてレートーを受入れません。(こういう時、子供の父親になるゼウスは何もしていないようです。無責任な男です。)

これだけの土地を、遠矢射る神をみごもったレートーは、産気づいて訪れまわった。どこか、自分の息子のために館を設けることを望みはしないだろうかと期待して。
 しかしどの土地も、恐れを抱き震えあがり、はるかに豊かであるにもかかわらず、ポイボスを受け入れようとはしなかった。


アポローンへの讃歌」より

「遠矢射る神」というのはアポローンのことです。また「ポイボス」というのもアポローンの別名です。

とうとう女神レートーはデーロスにやってきて、翼もつ言葉をかけこう尋ねた。
「デーロスよ、お前は私の息子ポイボス・アポローンの座となり、豊かな社(やしろ)を設けてはくれまいか。今のままではこの先、よその者は誰ひとり、お前に近づくことはない。お前にもそれがよく分ろう。お前が牛や羊に富むようになるとは思えない。穀物も実らず、草木すら乏しいではないか。
 しかしもしお前が遠矢射るアポローンの神殿を設けたなら、あらゆる人間どもはここに集い、百頭の牛の犠牲の儀を執り行なう。煙は脂身から絶えまなく立ち昇ろう。ここの土地は肥えていないけれど、他国の者の手になった食べ物で、お前はこの島に住む者を養うこととなろう。」


「同上」

デーロス島は小さな島で、地味も肥えていませんでした。「お前が牛や羊に富むようになるとは思えない。穀物も実らず、草木すら乏しいではないか。」というレートーの言葉はそのことを指しています。そしてこの不毛の地ということが後世、デーロス島が放棄され無人になってしまった原因でもあります。
それはさておき物語では、デーロス島はレートーのこの言葉に同意して、レートーを受入れます。このことが元になって、やがてデーロス島アポローンの神殿が建築され、そこに大勢のギリシア人が参拝することになり、デーロス島はそのことによって人々の生計をたてるようになるのでした。つまり「ここの土地は肥えていないけれど、他国の者の手になった食べ物で、お前はこの島に住む者を養うこととなろう。」ということです。
ところがこの話にはもうひと波乱ありました。

しかしそれからもレートーは九日九夜、いっこうい生まれてこない陣痛の、刺すような苦しみを忍びつづけなければならなかった。

それというのも、お産を司る女神エイレイテュイアをヘーラーが引き留めていたからです。

ただ分娩の女神エイレイテュイアは何も知らず、白い腕(かいな)のヘーラーのたくらみにかかり、金色の雲に包まれたオリュンポスの頂きにいた。ヘーラーは髪美しいレートーが、気高く力勝った子供を産もうとしているのにひどく嫉妬をし、エイレイテュイアを引きとめていたのだ。


「同上」

苦しむレートーのまわりに集まり、レートーの身を案じていた

女神たちはイーリスに、ヘーラーに気づかれぬよう、離れたところから声をかけるように命じていた。

イーリスはヘーラーに気付かれないようにエイレイテュイアを連れ出すことに成功します。

出産の女神エイレイテュイアがデーロスに歩みを向け始めるやすぐに、分娩は始まった。レートーは子を産もうと懸命になった。両腕をシュロの木にまきつけ、膝を柔らかな牧草に押しつけた。大地は下からほほえんだ。
 子供が光の中へ跳びでてくるや、女神たちはいっせいにどっと声を挙げた。それからあなたを、ポイボスよ、女神たちは澄みきった水で一点の汚れなく洗い清め、純白の真新しい柔らかな布にくるみ、金の紐で結んだ。


一説には、レートーはこの山(キュントス山)にもたれかかって、お産をしたとか・・・・。そうするとレートーは巨人だったのでしょうか? というかギリシアの神々は皆、巨大な体躯を持っているのでしょうか?


生まれたアポローンは、たちまち青年の姿に成長します。

まもなくポイボス・アポローンは女神たちにこう言った。
「竪琴と曲がった弓は、今後、私が司る。それにゼウスの誤謬なき考えを、私は人間どもに予言しよう。」
 こう言うと遠矢射るポイボスは、鋏(はさみ)をしらない髪そのままに、広い道走る大地に立ち、歩み始めた。女神たちは誰もかれも驚きうたれた。ゼウスとレートーの御子を見たデーロスは、神が神殿を築くのに、数ある島々と陸地の中から自分を選んでくれたこと、そして誰よりも愛されたことに感激して、島全体に黄金をたわわに実らせた。デーロスの花咲くありさまは、ちょうど山の頂きに木々の花が咲き乱れる時のようであった。


アポローンが誕生したところでこの話をひとまず終えます。