神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ミーレートス(11):ディデュマ

ディデュマというのは、ミーレートスの領内にあって神託で有名なアポローンの神殿でした。





ディデュマのアポローンの神殿の遺跡


ヘーロドトスはディデュマについて「きわめて古い創設にかかる神託所(歴史、巻1、157)」と述べています。とても気になる記述です。これは神アポローンの神託所でした。ちょうどデルポイと同じように、イオーニアにもアポローンの神託所があったわけです。ヘーロドトスはその著作「歴史」の中でディデュマのことを一貫してブランキダイという名前で呼んでいますが、ディデュマが本来の名前です。ブランキダイというのは、このディデュマの神官を務める家系の名前で、ブランコスの裔という意味です。ブランキダイ家とでも訳すべき言葉でしょう。
このディデュマに対して、リュディア王クロイソスが大量の財宝を奉納したことがありました。ギリシア人ではないクロイソスがディデュマに対して厚い信仰をを抱いている、というのは不思議ですが、ヘーロドトスはクロイソスだけでなく、エジプト王ネコスも「シリアの大都市ガデュティス(ガザ)を占領した」ときに「身につけていた衣装を、ミレトスのブランキダイへ送り、アポロンに奉納した」と述べています。このようにディデュマが国や民族を越えて崇拝されているというのは、どういうわけなのでしょうか? 非常に興味あります。これに関係するのかよくわかりませんが、ホメーロス風讃歌の中のアポローンへの讃歌には、このような詩行があります。

神よ、あなたはリュキエーと、美しいメーイオニエーと、海の真中にあり人を惹きつける町ミーレートスをも治める・・・・


「四つのギリシャ神話」の中の「アポローンへの讃歌」より

この詩行からも察することが出来るように、ミーレートスはアポローン崇拝の中心地のひとつでした。このことも興味深いですが、「メーイオニエー」というのはおそらくマイオニアのイオーニア語形で、マイオニアというのはヘーロドトスによればリュディアの古名だそうです。アポローンの崇拝がリュディアにも拡がっていたことがうかがわれます。


ディデュマの神殿の財宝の多くはリュディア王クロイソスが奉納したものですが、それは莫大な価値がありました。

 ヘーロドトスはブランキダイ(ディデュマ)の財宝の詳細については直接述べておらず、

ミレトス地区のブランキダイにクロイソスの納めた品々は、私の聞いたところでは、デルポイのそれと重量においても匹敵し、品種も似たものであるという。


ヘロドトス著「歴史」巻1、92 から

としか書いていません。そこでリュディア王クロイソスがデルポイに奉納した品々の記述を探してみると、以下のように書かれていました。

莫大な量の黄金を鋳つぶして、それで縦6パラステ、横3パラステ、高さ1パラステの金の煉瓦117個を作らせた。その内4個は純金で一個の重さが2タラントン半あり、残りは金と銀の合金で、重さは2タラントン半あった。彼はまた純金製で重さ10タラントンの獅子の像を作らせた。(中略)黄金製および銀製の2個の巨大な混酒器を奉納したが(中略)黄金製の方は(中略)重量は8タラントン半と12ムナあり、銀製の方は(中略)600アンポレウスの容量がある。(中略)クロイソスは更に4個の銀製の甕を送った(中略)また黄金製および銀製の聖水盤を奉納し(中略)。
 右のほか、特に一々挙げる程でもない多数の品をクロイソスは奉納したが、その中では円型の銀の鋳物や、3ペキュスの高さの黄金の婦人像が特筆に価しよう。


ヘロドトス著「歴史」巻1、50~51 から



当時の長さや重さの単位が出てきて現代に換算するとどれほどなのかピンときません。そこでウィキペディアで「タラントン」について調べたところ、

また、金の重さの単位として使われ、「人の重さ程度(おおむね50キログラム程度)」とされるが、正確には33キログラム程度とする説もある。

とあってびっくりしました。1タラントン=33kgだとしてもたいした量の金だと思います。金の比重を考えて計算すると、12cm立方ぐらいでしょうか? ここからディデュマの神殿の宝物の価値が想像できます。https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8c/Didyma%2C_ruiny_miasta_na_wschodnim_wybrzezu_morza_egejskiego%2C.JPG