神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ミーレートス(10):タレースと鼎

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ディオゲネス・ラエルティオスはタレースにまつわるこんな話を記しています。

イオニアのある若者たちがミレトスの漁夫たちから、彼らの水揚げした漁獲物を買ったとき、引き上げられたもののなかに鼎があったので、それをめぐって争いが起った。そこでミレトスの人たちは最後にデルポイへ伺いを立てたところ、神(アポロン)の下した神託は次のようなものであった。

ミレトスの子よ、鼎のことでお前はポイボス*1に訊ねるのか。

誰であれ、知恵において万人にまさる第一の者、その者にこそ鼎は授けられるべきだと言おう。

 

 そこで、ミレトスの人たちはその鼎をタレスに与えたのだが、彼はこれを他の人に与え、他の人がまた別の人に与えて、かくしてついにソロンの手に渡った。しかしソロンは、神こそ知恵において第一の者であると言って、その鼎をデルポイに送り届けたというのである。


ディオゲネス・ラエルティオス ギリシア哲学者列伝

 


この話は山本光雄氏の「ギリシア・ローマ哲学者物語」という本では、もっと生き生きとした物語になっています。そちらのほうも紹介したいです。

あるとき小アジアイオニア地方の一青年がミレトス市の漁師から魚を一網買いとる約束をした。網を引き上げて見ると、その網の中には多くの魚といっしょに黄金のトリプースがはいっていた。トリプースというのはちょうど東洋の鼎、詳しくいえば、底に三脚のついた足鼎と呼ばれるものと同じ形をしていて、その用法もだいたい同じだが、ギリシア人たちはまたこれをいろいろな競技の商品として優勝者に授ける慣(ならわ)しをもっていた。
 さて、この目もくらむばかりの黄金のトリプースを見た青年も漁師もそれぞれが自分に属すべきものだと言いはった。争いは解決しなかった。ついにミレトス市の法廷に持ち出されたものらしい。しかしここでも判決に困ったのか、ミレトス人たちは使いをギリシア本土のデルポイに遣ってアポロンの神に神託をうかがった。すると、神は次のように答えた。

ミレトスの息子よ トリプースについて
君はわれアポロンに訊ねるのか
われは告げる――
それは知恵のもっともすぐれた者に
属する と

 

  そこで、ミレトス人たちは黄金のトリプースを青年にも漁師にも贈らないで、ミレトス市のタレスに贈った。しかしタレスはそれを自分の手もとにとどめずに、また彼が知恵のもっともすぐれた者だと考える他の人に贈った。が、その人も同様にしてまた他の人に贈った。こうして幾人かの手を経めぐったあげく、アテナイのソロンにとどけられた。すると、ソロンは「神こそ知恵のもっともすぐれた方である」と言って、デルポイの神アポロンに奉納した。
 右の物語はヂオゲネス・ラエルチオスのいわゆる『哲学者列伝』と呼ばれる書物にあがっているだいたい似たようないくとおりかの話のうちの一つである。しかしまたそのうちの一つでは、けっきょく最後にトリプースはふたたび最初のタレスのもとにまい戻ってきたので、彼は「エクサミュアスの息子タレス、このトリプースを全ギリシア人から贈られたる賞品として二度獲得したる後、デルポイアポロンに捧げ奉る」と言って、神に献じたことになっている。


山本光雄 「ギリシア・ローマ哲学者物語」 前編 第一夜 ギリシア七賢人とタレス より

 青年と漁師の鼎をめぐっての争い、このようなことが争いとして取り上げられる状況だったら、昨日述べたような内紛はその頃なかったのではないか、と私は思うのです。つまり、内紛で疲弊しているのだったら、このようなことに労力を費やさないと思うのです。この頃のミーレートスがどんな状況だったのか、本当のところはよく分かりません。私はミーレートスについて言い伝えを出来るだけ取り上げていきたいだけなので、このまま進みたいと思います。


ところで、山本光雄氏の「ギリシア・ローマ哲学者物語」はこのあと、次のように続きます。

さて、この物語のうちで黄金のトリプースを順次贈られた人々が、世にギリシア七賢人といわれる者なのだ。この七賢人にかならずきまって数えられるのは、ミレトスのタレスとレスボス島ミュチレネのピッタコスと、プリエネのビアスアテナイのソロンだけである。他の三人はいろいろの伝承によって違った人があげられている。


山本光雄 「ギリシア・ローマ哲学者物語」 前編 第一夜 ギリシア七賢人とタレス より

 

 上に登場した4名の出身地を地図に書いてみました。

もし鼎がこれらの都市を巡っていったのでしたら、当然、船を使ったことでしょう。私は、エーゲ海に船、という2つの単語だけで空想が広がり、何だかうれしくなってしまうのでした。

 

 

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*1:アポロンの別称