神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

アンドロス(5):植民活動


エレトリアから独立したアンドロスはBC 650年頃、カルキディケー半島に4つの植民市を建設しました。それらはアカントススタゲイラ、アルギロス、サネーという町です。英語版のWikipediaの「アカントス」の項によれば、アカントスを建設した際に、アンドロス人と地元のカルキディケー人(彼らは元々カルキスからの植民者でした)の間で、アカントスの所有を巡って争いがあったということをプルータルコスが伝えているということです。ただ、私にはこのWikipediaの英語の文面が少し理解しづらく、正しく解釈しているかどうか分かりません。ともかく私の理解によれば、次のような出来事があったということです。


アカントス無人の地に出来た町ではなく、元々(おそらく非ギリシア人の)原住民がいた町でした。そこへアンドロス人の植民者たちが町を奪おうとして、船でやってきました。偶然にも、カルキディケー人の植民者たちも同じ頃やはりアカントスの岸辺に到着し、こちらもこの町を奪取してやろうと考えていました。原住民は武装した植民者の群れを見てこれを恐れ、町を放棄して逃げてしまいました。アンドロス人の植民団は、アカントスの町で何が起きているかを確かめるために、斥候を一人派遣しました。カルキディケー人の植民団も同じように考えて、やはり一人の斥候を派遣しました。彼らは町が「もぬけの殻」であることを発見しました。そして彼らはそれぞれ自分たちの植民団のところまで走って戻りました。そしてカルキディケー人の斥候のほうが先に植民団のところに到着しそうでした。それを見たアンドロス人の斥候は、アンドロス人の植民団に戻るのをやめ、振り返って槍をアカントスの町の城壁の門に向って投げつけました。これが、アンドロスが先に町を攻撃したという証拠になり、この町はアンドロス人の所有であることが認められたのだといいます。


カルキディケー半島は、元々カルキス人が広範囲に植民した地域だったので、あとからきたアンドロス人は、カルキス人(またはカルキディケー人)の干渉を受けたようです。


アンドロス人は種族としてはイオーニア人であり、また、イオーニア人にとっての聖地デーロス島はすぐ近くなので、デーロス島のアポローン神殿やその妹神のアルテミスの神殿の祭礼には参加していたことだろうと思います。そのありさまは、きっと「アポローンへの讃歌」に描かれていたような晴れやかなものだったと想像します。

 その地には、裳裾ひくイオニア人が、自分たちの子供や貞淑な妻を伴ない集まりつどう。彼らはあなた(=アポローン神)を記念して競技の場を設けては、拳闘に、舞踊に、歌にと、あなたを喜ばせる。
 イオニア人がつどう場にいあわせた者は、この人々を不死なる者、老いを知らない神々に違いない、と言うほどだ。それほどまでに彼らのすべてが美しい。男たちも、帯の美しい女たちも美しく、彼らの足速い船、豊かな品々、これらを目にするならば、心楽しまずにはいられない。


岩波文庫「四つのギリシア神話―「ホメーロス讃歌」より―」の「アポローンへの讃歌」逸見喜一郎、片山英男 訳より


その後、アンドロスに勢力を伸ばしてきたのは、南のナクソス島でした。ナクソス島は肥沃な島で、その商業の力はキュクラデス諸島全体に及んでいました。BC 546年かそれから間もない頃にナクソスの僭主になったリュグダミスは、ナクソスをさらに栄えさせ、近隣の島々を征服していきました。おそらくこの頃アンドロスもナクソス支配下になったと推測します。さらに時代を下ったBC 499年のペルシアのナクソス侵攻の時に、アンドロスがナクソス支配下であったことは、ヘーロドトスの記事から推測できます。ヘーロドトスによれば、ペルシアの支配下ミーレートスの僭主の地位を保っていたアリスタゴラスがペルシアの高官にナクソス侵攻を勧める際に、次のような口上を述べたということです。

ミーレートスの僭主である)アリスタゴラスはサルディスへゆき、(ペルシア人の高官である)アルタプレネスに向っていうのは、ナクソスはあまり大きな島ではないが、美しく地味も肥え、かつイオニアにも近く、財宝や奴隷も豊かな国である――
「さればぜひともこの国に兵を進め、そこから亡命してきている者たちの帰国を計らっておやりなされるがよい。(中略)あなたはこの挙によって、ナクソスはもとより、ナクソスに従属しているパロスやアンドロスなど、いわゆるキュクラデスの他の島々をも、(ペルシア)大王の版図に加えることがおできになることも、お忘れなきよう。さらにこれらの島を基地になされば、エウボイアを攻撃なさることも容易となりましょう。・・・・」


ヘロドトス著「歴史」巻5、31 から

ここには「ナクソスに従属しているパロスやアンドロス」という言葉があり、アンドロスがナクソス支配下にあったことが察せられます。