神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

サモトラーケー(4): ヘーロドトスの密儀入会

サモトラーケーの町の事績についてはこれ以上あまり話すことを持ち合わせていません。それで話をサモトラーケーの秘儀のほうに持っていきたいと思います。


ペルシア戦争が終わったのち、歴史家のヘーロドトスはペルシア戦争に至るまでと、ペルシア戦争の経緯を書き残すために、ギリシア世界のみならずエジプトやペルシアにも足を延ばして調査をしました。ヘーロドトスはその著作の中で、自分がサモトラーケーの密儀に参加したことをほのめかしています。

カベイロイの密儀はサモトラケ人がペラスゴイ人から伝授を受けて行なっているものであるが、この密儀を許されたものならば、私のいわんとするところが判るはずである。というのは、アテナイ人と共住するに至ったペラスゴイ人は、以前サモトラケに住んでいたもので、サモトラケ人は彼らから密儀を学んだものだからである。


ヘロドトス著「歴史」巻2、51 から


上の引用にある「私のいわんとするところ」が何かについては今は気にしないで下さい。注目して頂きたいのは、サモトラーケーの密儀を許されたものならば私が何を言っているのか分かってくれるはずだ、というヘーロドトスの言い方です。これは自分もサモトラーケーの密儀を目の当たりにしていなければ言えないことではないでしょうか? そこでヘーロドトスがサモトラーケーの密儀に参加したことがあるということを前提にして、彼の記述からサモトラーケーの密儀の正体を探ることにします。


上の引用にはいろいろな情報が含まれています。サモトラーケーの密儀はカベイロイの密儀とも呼ばれていること、この密儀はペラスゴイ人が元々行っていた儀式であること、そしてペラスゴイ人がサモトラーケー人にこの儀式を伝授したこと、がそうです。まず、カベイロイというのは何でしょうか? ヘーロドトスは別の箇所で1回だけカベイロイについて言及しています。

(ペルシア王)カンビュセスは、祭司以外の者は立入りが禁止されている、カベイロイの聖所へも侵入し、その神像をさんざんに愚弄した挙句、焼き払うという暴挙まで敢えてした。カベイロイの像もヘパイストスの像によく似ており、カベイロイはヘパイストスの子と伝えられている。


ヘロドトス著「歴史」巻3、37 から

ここからカベイロイは神の名前であることが分かります。ギリシア語で語尾がoiのものは複数形を現しますから、正確にはカベイロイは「神々」の名前です。そして、カベイロイはヘーパイストスの子であるとしています。ヘーパイストスというのはギリシア神話に登場する鍛冶屋の神です。ただし、注意しないといけないのは、(上の引用箇所だけでは分かりませんが)実はこの記事の述べている場所はエジプトだということです。ヘーロドトスを始め古代のギリシア人は、他民族の信仰する神々を自分たちの信仰する神々の名前を当てはめて呼んでいました。例えばここに登場するヘーパイストスはエジプトの工芸の神プタハのことです。ヘーロドトスがここで「カベイロイの聖所」と言っているのも本当はエジプトで信仰されていた神格のはずです。ですので、この記事からカベイロイの正体を探るのはあまりよい方法ではないかもしれません。

(上:サモトラーケーの密儀の建物の遺跡)


そこで、高津春繁氏の「ギリシアローマ神話辞典」の「カベイロイ」の項目を調べたところ、以下のように書かれていました。

カベイロイ
プリュギアの豊饒神。前5世紀以後航海者の保護神とも考えられ、この点から彼らはディオスクーロイと同一視されるにいたった。その祭は秘儀であり、そのためその名を直接に呼ぶことをさけて、ギリシアでは「大神」とも呼ばれた。崇拝の中心はサモトラーケーの島であるが、レームノス島小アジア、またオルペウス教の影響でボイオーティアのテーバイ市ではカベイロイの年長者(=ディオニューソス)と子供の二人の形で崇拝された。神話ではヘーパイストスとカベイロー(またはその子カドミロス)より三人のカベイロイが生れ、その娘たちがカベイリデスであるとも、彼女たちは三人のカベイロイの姉妹ともいう。カベイロイの数も三、四、七人と諸説があり、さらに四人のばあい、その名はアクシエロス、アクシオケルサー、アクシオケルソス、カドミロスであって、おのおのギリシアデーメーテール、ペルセポネー、ハーデース、ヘルメースであるともいわれる。またカベイロイはサモトラケーの英雄イーアシオンとダルダノスとも同一視されている。彼らの系譜や数に関して上記のように一致がないのは、彼らの崇拝が密儀であり、その名もまた秘密であったためのと考えられる。彼らは、レアーの従者の中に数えられ、コリュバースたちやクーレースたちと同一視されていることもある。


高津春繁著「ギリシアローマ神話辞典」より

この内容については、さらに検討していきます。