神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

トロイゼーン(4):テーセウスの誕生(2)

テーセウスの話を進めます。

さてしばらくの間アイトラーはテーセウスの真の生れを隠していた。ポセイドーンの子だという噂がピッテウスによって広められた。ポセイドーンをトロイゼーンの人々は特に崇めて町の守護神と祭穀物の初穂を供え貨幣の面にも三叉の戟を鋳刻している。


プルータルコス著「テーセウス伝」 河野与一訳 より。 (旧漢字、旧かなづかいを改めました。)

「ポセイドーンをトロイゼーンの人々は特に崇めて」とありますが、これに関連してパウサニアースが記している以下の短い物語を紹介します。


ある時、海神ポセイドーンと戦いと知恵の女神アテーナーが、どちらがトロイゼーンの主神になるかで争ったことがありました。結局神々の王ゼウスの裁定でトロイゼーンは両者の共同の所有ということになりました。それでトロイゼーンでは町の守護神として、ポセイドーンとアテーナーの両方を祭るようになったということです。そのためトロイゼーンで発行された硬貨には、アテーナー女神の横顔と、ポセイドーンの持ち物である三叉(トリデント)の両方が刻印されています。


最初の引用に戻ります。テーセウスの父親が海神ポセイドーンであるという話は、最初の引用ではピッテウスが広めた作り話ということになっていますが、本当にポセイドーンがテーセウスの父親であるという伝説もあります。この2つの伝説を整合させるためだと思われますが、アイトラーは最初にポセイドーンと交わり、次の日に今度はアイゲウスと交わったという妙な伝説もありました。この話は、登場人物が神々でなかったらとんでもないような話なのです。

トロイゼーンにはいくつか島があり、そのうちの1つは本土の近くで、水路を渡って歩くことができます。以前はスパイリアと呼ばれていましたが、以下の理由で聖なる島に改名されました。その中には、ペロプスの戦車の御者だったと彼らが言うスパイロスの墓があります。アテーナーからの夢に従って、アイトラーは島に渡ってスパイロスに献酒しました。 彼女が渡った後、ポセイドーンはここで彼女と交わったと言われています。こうしたわけで、アイトラーはここにアテーナー・アパトゥーリアの神殿を設立し、名前をスパイリアから聖なる島に変更しました。彼女はまた、トロイゼーンの乙女たちが結婚する前に帯をアテーナー・アパトゥーリアに捧げる習慣を確立しました。


パウサニアース「ギリシア案内記」2.33.1より

さらに、そもそもアイゲウス王自体がポセイドーン神の分身だったという説もあります。ポセイドーン神の海の中の宮殿はアイガイという名前で、それにちなんでポセイドーンにはアイゲウスという別名があったということです。(ところでアイガイの宮のある海の名前はアイガイア海といい、これが訛ってエーゲ海という名前になったのでした。) ここで私が気になるのは、「(1)」で見て来たようにトロイゼーンの太古の王たちもまたポセイドーンの子供だということです。アルテポスがそうでしたし、ヒュペレイアとアンテアの町を建設したヒュペレースとアンタスの兄弟もそうでした。ということは、テーセウスも元々はトロイゼーンが起源の英雄ではないか、と私は想像しました。


(左:ポセイドーン(真ん中)とテーセウス(左))


プルータルコスの記述に戻ります。

すでに幼少の時から体力のみならず知恵とともに気位の高い勇気を示していたので、アイトラーは岩のところへ連れて行って生れを明かし、父親のしるしの品を取ってアテーナイへ渡るように言い聞かせた。テーセウスは岩の下に身をあててやすやすと持ち上げたが、祖父と母とが頼むにもかかわらずせっかく安全な海の旅を承知しなかった。実際アテーナイまでの道を徒歩で行くのは、いたるところに山賊や追剥が出て危険が絶えないため、非常に困難であった。


プルータルコス著「テーセウス伝」 河野与一訳 より。 (旧漢字、旧かなづかいを改めました。)


(右:岩を持ち上げるテーセウスと、アイトラー)


プルータルコスは、この頃ヘーラクレースが小アジアのリュディアに渡ってしまったので、リュディアの治安は良くなったのですが、ヘーラクレースのいなくなったギリシア本土ではこれ幸いと悪党たちが悪事を盛んに行っていたと説明しています。アイトラーとピッテウスはまだ子供のテーセウスに陸の旅の危険を説明したのですが、テーセウスは聞き入れません。結局、トロイゼーンからアテーナイに行く道中に出会う悪党どもを退治しつつテーセウスは進み、これはテーセウスの最初の武勇伝を形成することになりました。そしてアテーナイに着くと、父親アイゲウスと劇的な出会いをしたのでした。しかし、父親との出会いの話やその後の話はトロイゼーンとは関係がなくなるので省略します。