神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書いていきます。

クニドス(7):「クニドスのアプロディーテー」と「クニドスのデーメーテール」

クニドスのアプロディーテーというのは、クニドスのアプロティーテーの神殿の中にあった大理石の神像のことです。古代ギリシア・ローマ世界で有名な彫像でしたが、残念ながら現存していません。その代わり古代に作られたいくつかのコピーが現存しています。

(上:クニドスのアプロディーテー神殿の遺跡)


神像の作者はBC 4世紀中頃に活躍したアテーナイの有名な彫刻家ラクシテレースでした。BC 4世紀中頃というと前回ご紹介したクニドスの天文学者エウドクソスが生涯を終えた頃です。AD 1世紀のローマの政治家・文人の大プリニウスによれば、この神像には以下のような逸話があるということです。


当時、クニドスの沖合にあるコース島の市政府は、愛と美の女神アプロディーテーの神像を、有名な彫刻家プラクシテレースに発注しました。プラクシテレースは、服をまとった神像と裸の神像の2つを作りました。コースの市政府は服をまとった神像を購入しましたが、裸の神像のほうは受け取りを拒否しました。実は当時はまだ女性のヌードの彫像はなく、それを作ったのはプラクシテレースが初めてだったからです。男性の裸体彫像は当時、普通にあったのでしたが。
 コースの為政者たちは、女神のヌードの彫像なぞはけしからん、町の名誉を傷つけると判断したのです。そのことを知ったクニドスの市政府はヌードのほうの女神像を購入したのでした。そしてこの神像を市内のアプロディーテー神殿に安置したのでした。たちまち、この神像は近隣に名を轟かすことになりました。


私が興味があるのは、当時、この神殿に参詣した人々はこの神像をどのような目で見ていたか、ということです。神への崇拝の念を持って見たのでしょうか、それとも好奇の目でもって見たのでしょうか。当時のギリシアの社会が極端な男性社会だったことも考えに入れなければいけないと思います。


クニドスのアプロディーテーのことを詠んだ、哲学者プラトーンの作と伝えられる寸詩があります。

クニドスで神像を見た時にキュプリス(=アプロディーテーの別名)は言い給うた。
「なんということ! プラクシテレースはどこで裸の私を見たの?」


夜中に神殿に侵入して、この女神像にけしからぬ振舞いをしようとした青年がいた、という伝説もあります。その青年は見つかり、恥ずかしさのあまり神殿の近くの崖から身を投げたということです。
また、この神像が作られてから100年ぐらいあとのことになりますが、当時のビテュニア国王ニコメーデース1世は、クニドス市の巨額の債務を全て肩代わりする代わりにこの神像を譲って欲しいと提案しました。しかし、クニドス市はそれを拒絶したということです。


ではクニドスのアプロディーテーの彫像がどのようなものであったかといいますと、前にもお話ししたように、この彫像は現存していません。その代わり古代に作られたいくつかのコピーが現存しているので、そこから想像するしかありません。ただし、コピーと言っても頭部だけしか残っていないものもありますし、幸い全身が残っていた場合にも、(私の感想では)印象が随分異なるように思います。以下は、コピーの一部です。



(右:ルドヴィシ・コレクションの中の「クニドスのアプロディーテー」)




(右:バチカン美術館の「コロンナのウェヌス」)


(左:ルーブル美術館の「カウフマンの頭部」。これもクニドスのアプロディーテーのコピーとされています。)


クニドスの女神像ということでもうひとつご紹介したいのは、クニドスのデーメーテールと呼ばれる神像です。デーメーテールは農業の女神です。「クニドスのアプロディーテー」は現存しませんが、「クニドスのデーメーテール」はクニドスの遺跡から1857年か58年に発掘されたものです。かなり損傷していますが、気品のある女神像だと思います。




(左:クニドスのデーメーテール