神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

テオース(2):アタマース

テオースへの最初の植民団を率いたアタマースの祖先である、オルコメノス王アタマースにまつわる物語をご紹介します。


アタマースの父親アイオロスは、ギリシア人の一派であるアイオロス人の祖先ということになっていますので、そこから考えるとアタマースもアイオリス人ということになりそうです。一方、オルコメノスの住民はミニュアイ人と呼ばれていました。私はミニュアイ人はアイオロス人の一派と理解したのですが、どうなのでしょうか。


それはともかく、アタマースは雲の精であるネペレーを妻として、プリクソスとヘレーという一男一女を得ました。その後、どういうわけかネペレーはアタマースの許を去っていったので、アタマースはテーバイの建設者アドモースの娘のイーノーと再婚しました。アタマースとイーノーの間にはレアルコスとメリケルテースという二人の男の子が生れました。やがてイーノーは、先妻の子どもたち、プリクソスとヘレーを邪魔者扱いしました。そして特にプリクソスを亡き者にしようと、次のようなことを企んだのでした。


ある年に、イーノーは国の女性たちに小麦の種籾を密かに火にあぶっておくように頼みました。こうすると種籾は死んでしまい、発芽しません。当然のことながらこの年は小麦の発芽がよくないので凶作が予想されました。国の王であるアタマースはこれを何とかしなければなりませんでした。そこでアタマースは神意を探るために、オルコメノスの近くにある有名なデルポイの神託所に使者を送って、凶作を避けるための神託を伺わせることにしました。それを知ったイーノーは、その使者をそっと招いて「プリクソスを生贄としてゼウスに人身御供とすれば凶作がやむだろう」と返事をするように説きふせたのでした。


使者はデルポイから帰国し、アタマースにイーノーに命ぜられた言葉を神託として伝えました。アタマースはすっかり困ってしまいました。しかし国の男たちは(女たちが種籾を火にあぶったとこを知らずに)神託を信じて、王にその実行を迫りました。アタマースは仕方なくプリクソスをゼウスの祭壇につれてゆき、犠牲にささげようとしました。そのとき、プリクソスの生母であるネペレーは、神的な存在なのでこのことを察知し、プリクソスを空に引き上げ、妹のヘレーと共に空を飛ぶ金毛の羊に乗せて、逃がしたのでした。


しかし、この空飛ぶ羊は子供たちをどこまで連れていくのでしょう? プリクソスもヘレーも心配になったに違いありません。羊はエーゲ海を越え、今のトルコのダルダネス海峡の上を通っていきます。ヘレーがふと下を見ると、海峡に渦巻く潮の流れが見えました。それを見ているうちに頭がくらくらして、思わず羊から手を放してしまい、海峡に落ちてしまいました。そのことからこの海峡のことを「ヘレーの渡し(ヘレースポントス)」と呼ぶようになりました。このとき金毛の羊は人間の言葉を発して(きっとギリシア語だったことでしょう)プリクソスにしっかりするように励ましました。

(上:プリクソスと金毛の羊)


結局、羊はプリクソスを黒海の東岸にあるコルキス国に連れていったのでした。現在のジョージアです。コルキス国の王アイエーテースはプリクソスを客人として迎え、やがて自分の娘カルキオペーの婿にしました。一方、金毛の羊はといいますと、無事にコルキス国に到着したお礼として(日本人の感覚としては驚いてしまうのですが)ゼウス神に生贄として捧げたのでした。そして、その毛皮は国の宝物としてアイエーテース王が、人が容易に取ることが出来ない場所に保管したのでした。すなわち、戦争の神アレースに捧げられた森の中に柏の木の枝に毛皮を掛けたのですが、そこに恐ろしいは竜が住んでいて、この黄金の毛皮を守っていたのでした。やがてこの黄金の毛皮を獲得するために、イオールコスからイアーソーンが仲間たちとやってくることになるのですが、その話は「イオールコス(3):イアーソーン」でご紹介しました。


話をオルコメノスに戻します。悪だくみをしたイーノーはどうなったかといいますと、このプリクソスの話とは別の話になります。イーノーはゼウスとセメレーの息子で神であるディオニューソスを養育していました。それというのもイーノーはセメレーの妹だったからです。そのことをゼウスの妃ヘーラーが怒り、アタマースを狂わせました。狂ったアタマースは自分とイーノーの間に出来た息子レアルコスを射殺し、イーノーに迫りました。イーノーはもう一人の息子メリケルテースを抱きかかえて海に飛び込みました。神々はイーノーとメリケステースを憐れんで、イーノーをレウコテアー、メリケルテースをパライモーンと呼ぶ神に昇格させました。二人は共に航海者を護る神々として崇められるようになりました。えっというような話です。悪だくみをしたイーノーが神になるなんてアタマースにとっては到底承服しがたい話でしょう。


アタマースはその後、三度目の妻テミストーと結婚しました。二人の間にも子供が生まれました。


さて、オルコメノスのミニュアイ人を率いてテオースに植民したアタマースに戻りますと、彼はコルキスに行ったプリクソスの子孫か、あるいはアタマースとテミストーの間の子たちの子孫、ということになりそうです。