神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

トロイア(1):トロイの木馬

ギリシア神話英雄伝説の中でトロイア戦争の物語は大きな位置を占めています。今までこのブログでも何回かトロイア戦争について言及してきました。そこで、いつかはトロイアを取り上げないといけないな、と、ずっと思ってきていました。トロイア戦争について聞いたことのない人でも、トロイの木馬という言葉を聞いたことがある人は多いかもしれません。大きな木馬の中にギリシアの兵士を隠しておき、その木馬をトロイアの人々が城の中に入れてしまったために、トロイアが陥落した、という話です。ちょっと考えると、そんな危ない物を何で城壁の中に入れてしまったんだよ、という疑問が湧きますが、伝説は、トロイアの人々にそう仕向けるようなギリシア側の策略と、トロイアを滅亡させようとする神々の介入を伝えています。

(上:ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ作『トロイアの木馬の行進』)


ギリシア軍がトロイアの城の前から撤退し、船に乗って去っていったように見えました。その実、ギリシア軍はトロイアの近くにあるテネドス島に隠れていたのですが・・・。そして城の前には木で出来た大きな馬が残されていました。そしてギリシア軍は、たくらみに長けたシノーンという男をギリシア軍からの脱走兵と偽らせて、そこに残しておいたのです。そしてトロイア兵に捕えられたシノーンは、自分は神託によりギリシア人に生贄にされるところを逃げて来た、と偽りの身の上話をします。そこでトロイアの老王プリアモスはその嘘を真に受けて、彼を信用し、この木馬は何のために作られたのかを尋ねました。シノーンは、この木馬はアテーナー女神に、ギリシア軍の不敬の償いに作ったものであり、この木馬がこのように大きいのは、一旦、この木馬がトロイアの城内に入ってしまえばトロイアアテーナー女神の庇護を受け、今後ますます栄える運命になるため、それを避けるために城門より大きく作ったのだ、とトロイア人らに語ったのでした。アテーナー女神に対する不敬というのは、ギリシアの将であるテューディウスとオデュッセウスがある時トロイアに忍び込み、アテーナー女神の神殿から神像を奪い取ったことを指しています。


それでもトロイア側ではシノーンの言うことを疑う者もいました。ポセイドーン神の神官であったラオコーオンはギリシア人の言うことを信じないようにトロイア人たちに言いました。ところが、その時、海から2匹の大蛇がやってきてラオコーオンに巻き付き、彼を殺してしまったのでした。

大蛇は揃って迷わずに、
ラオコーオンをねらいます。まずラオコーオンの二人の子、
その子のからだにめいめいが、巻きつき締めつけ不幸なる、
むすこの肢体を呑みつくす。武器をおっとり助けにと、
来てかけつける父親に、次に二匹はとりついて、
大渦なして締めかかる。


ウェルギリウス作「アエネーイス」第2巻 泉井久之助訳 より


(上;ラオコーン像。製作年不明)


これを見たトロイアの人々は、ラオコーオンが木馬をトロイアの城内に入れるのに反対したために神の怒りに触れたのだ、と考えました。

みな一斉によび立てる、「女神のみもとへこの馬を、
引いて神のゆるし乞え」。
われらは城の壁を割り、都の守壁をあけひろげ、
みんな作業の身支度し、木馬の脚に車輪つけ、
頸に麻のひきづなを、つけて引けばその腹に、
戦士をはらむ運命の、仕かけは壁を上りゆく。


同上


こうしてトロイアの人々は、ギリシアの選り抜きの勇士たちを内に隠した木馬を城内に入れ、その中にあるアテーナー女神の神殿に奉納したのでした。そしてその夜、トロイアギリシア兵の攻撃によって陥落したのでした。