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BC 427年のミュティレーネーの降伏ののち、もうそのあとには、ミュティレーネーが中心となるような事柄は起らなかったようです。それでもミュティレーネーは背景としてはまだ歴史に登場します。さて話はミュティレーネーの降伏から82年後のBC 345年まで下ります。その年、２人の中年の科学者兼哲学者がミュティレーネーにやってきました。一人は現代でも超有名な哲学者アリストテレースです。もう一人はテオプラストスという、アリストテレースの死後、アリストテレース学派の２代目学頭となった人でした。ここで２人は生物の研究をしていたそうです。アリストテレースは動物を、テオプラストスは植物を研究していたそうです。アリストテレースというと、ついつい「この人は哲学者だ」という先入観で見てしまいますが、当時のギリシアで哲学者と科学者の間にそれほどの区別はありませんでした。そしてアリストテレースやテオプラストスは、哲学者という語から連想するような、書斎で難しい顔をして思索する人たちではなく、戸外で様々な動物や植物を観察して、それを記述し分類し、そこから何かしらの原理を探り出そうとする科学者でした。
（上：アリストテレース）
さて、BC 427年のミュティレーネーの降伏から、２人がミュティレーネーに移住するBC 345年までの歴史を概観しておきましょう。まず、哲学に関係した歴史から述べますと、ミュティレーネーから離れてアテーナイの歴史を追うことになりますが、ミュティレーネーの降伏の頃はソークラテースが活躍した頃でした。ソークラテースは当時のペロポネーソス戦争で、意外かもしれませんが、勇敢な兵士として活躍しています。BC 424年のデーリオンの退却戦でソークラテースが勇戦したことをプラトーンはその著作「饗宴」の中でアルキビアデースの言葉として述べています。また、ミュティレーネーの陥落の年は、のちにソークラテースの弟子になるプラトーンが生まれた年でもあります。さて、このソークラテースがアテーナイ市民に訴えられて刑死したのは、アテーナイがペロポネーソス戦争に負けたBC 404年よりあとのBC 399年です。この事件はプラトーンに強いショックを与え、彼に政治家への道をあきらめさせるきっかけになったのですが、その時プラトーンは28歳でした。そのプラトーンが60歳の時(BC 367年)に、17歳のアリストテレースはスタゲイロスというトラーキアの田舎からアテーナイにやってきてプラトーンの主催する学園であるアカデメイアに入門します。ただし、この頃プラトーンはシケリア（シシリー島）のシュラクーサイの政治家ディオーンの招きで、シュラクーサイの君主ディオニュシオス2世を教育するためにアカデメイアを留守にしていました。このディオニュシオスへの教育は失敗し、プラトーンは大変な目にあいますが、何とかアテーナイに帰国します。
（右：テオプラストス）
ともかくアリストテレースはこのあと、プラトーンが80歳で亡くなるまでアカデメイアで勉学にいそしんだのでした。このアカデメイアでアリストテレースが友人になったのがテオプラストスでした。彼はミュティレーネーの出身ではなかったのですが、ミュティレーネーと同じレスボス島のエレソスという町の出身です。なお、テオプラストスというのはアリストテレースが付けたあだ名で、本名はテュルタモスといいます。このあだ名の「テオプラストス」のほうが有名になってしまったのですが、テオとは古代ギリシア語で「神」のこと、プラストスのもとになった「プライゼン」というギリシア語は英語の「フレーズ」という言葉と同語源で、その意味も「表現する」です。ですから、最近のネット上の言い方にならって言えば「神フレーズ君」とか「神名言君」といったところでしょうか。アリストテレースがこんなあだ名をつけた理由は、彼の会話の能力が優美であったからだといいます。
では、次に政治上の歴史をたどっていきます。BC 427年、ミュティレーネーはアテーナイの隷属国に落とされましたが、その後アテーナイはシシリー島での無謀な遠征のために、大量の兵士を失い、劣勢になります(BC 413年)。するとミュティレーネーはこれを好機と再び反乱を起しますが、アテーナイに鎮圧されてしまいます。しかし、最終的にアテーナイはBC 404年にスパルタを中心とするペロポネーソス同盟軍に降伏します。この時にスパルタの将軍リューサンドロスによってデーロス同盟が解体されますので、ミュティレーネーはアテーナイの支配を脱します。しかし、それよりも抑圧的なリューサンドロスの個人的なネットワークによる支配を受けました。
町ごとに自分が設けさせた政治的結社から選んだ10人ずつのアルコーンを残していった。これは敵対している町々にも同盟国となった町々にも同様に行い、ゆっくりと沿岸を航海して、ある意味における全ギリシアの覇権を自分のために確立した。アルコーンを任命するに当っては貴族や金持ちから採らず、結社の人々や特別な間柄の人々に政治を託し、それに賞罰の権を授け、死刑執行の場には自分も度々立会い、仲間の敵を追放し、全ギリシア人に対して不当にもスパルタ式な政治の模範を押し付けた。
このリューサンドロスもペロポネーソス戦争の次のコリントス戦争では戦死してしまいます(BC 395)。このコリントス戦争（BC 395～387年）は結果的にアテーナイの勢力を復活させました。それでもアテーナイはかつての覇権を取り戻すことは出来ませんでした。ミュティレーネーは再びアテーナイの支配下に入ります。スパルタもしばらくは勢力を保持しますが、BC 371年のレウクトラの戦いでテーバイに覇権を譲ることになります。しかしテーバイの覇権も長続きせず、BC 362年のマンティネイアの戦いで没落します。BC 357～355年にアテーナイの同盟都市間で同盟市戦争が起ります。キオス、ロドス、コース、ビューザンティオンの各都市がアテーナイに反旗を翻します。その後ペルシアの介入もあり、その結果、アテーナイは同盟国の独立を認めたのでした。アリストテレースとテオプラストスがミュティレーネーにやってきたのは、その後、ということになります。たぶん、この頃のミュティレーネーはアテーナイとの緩やかな同盟の中にあったのではないでしょうか。
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