神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

コース(4):アスクレーピオス

 病気を治す神として崇拝されたアスクレーピオスの物語は以下のようなものです。


 アスクレーピオスの父親は神アポローンでした。母親はというとプレギュアースという者の娘のコローニスでした。通常の伝えではプレギュアースはテッサリアの領主であるということでしたが、エピダウロスの伝えでは、エピダウロスの出身だということです。

とはいえコローニスはアポローンの正妻ではありません。そもそもアポローンには正妻がいないことになっています。このアポローンとコローニスとの関係は、何か、有名人とその秘密の恋人、といった感じで、人気のある神であるアポローンはなかなか忙しく、そうたびたびコローニスのところに出向くわけにもいかないのでした(神だからどうにでも出来るでしょう、というツッコミはあるでしょうが、ギリシアの神々は変なところで万能ではないのです)。アポローンは、自分がいない時の気晴らしにと思って、1羽のカラスをコローニスに贈りました。当時はカラスは真っ白な姿をしていたといいます。また、このカラスは人の言葉をしゃべることも出来たといいます。

ところがこのカラスがアポローンに変な忠義立てをして、コローニスを監視するようになったのでした。ある日、コローニスの許に若い男が訪れました。この男はコローニスの親戚だったのですが、コローニスとその男の親しげな様子を見てカラスは、てっきりコローニスが浮気していると勘ぐったのです。そしてそのことを自分の親分であるアポローンに告げ知らせたのでした。それを聞いたアポローンは激怒しました(神なんだから、事の真偽はすぐ分かるのでは? という疑問はありますが、そう理詰めで考えると、話が進みません)。激怒したアポローンは「死の矢」を放ってコローニスを射殺してしまいました。


ところが、今にも息が絶えそうなコローニスが言うには、自分のおなかにはあなたとの間の子供がいる、自分が死ぬことはあきらめるが、この子だけは助けてほしい、コローニスはこう言うのでした。早まったことをしたと気付いたアポローンは、コローニスを助けたかったのですが、死んだ人間を生き返らせることはアポローンにも禁じられていました。アポローンは死んだコローニスの胎内から子供を取り出して、その子をケンタウロス族の中の賢者であるケイローンに預けました。ケンタウロス族というのは、上半身が人間、下半身が馬の姿をした種族です。この子供はアスクレーピオスと名づけられました。

アポローンは後悔の念もあって、コローニスのことを告げ口したカラスに八つ当たりしました。カラスは罰としてこの時から黒くさせられたのでした。そのうえ、このカラスは天空に張り付けにされたのでした。これがカラス座です。(私が子供の頃行ったプラネタリウムで、プラネタリウムの解説者からこの話を聞かされたことを、今でも覚えています。「ここにカラス座があって、星が1、2、3、4、4つあるのですが、皆さんはここにカラスの姿が見えますか?」 しばらく間 「見えませんか? 闇夜のカラスは見えない、ですよね。実はこの4つの星はカラスを貼りつけにしたクギなのです。」 こんな話でした。)


アスクレーピオスは長じると医術に長けた人になりました。それは、神のお使いとされる神聖な蛇を使った治療法でした。その医術は、やがて究極のところまで進み、死んだ人をよみがえらせるところまでいきました。このことを宇宙の秩序を乱すものと判断した大神ゼウスは、稲妻を放ち、アスクレーピオスを殺したのでした。しかし、アポローンがそのことに抗議したので、ゼウスはアスクレーピオスは天に上げ、神としたのでした。アスクレーピオスも星座になりました。これが、へびつかい座です。

このアスクレーピオスの崇拝の一大中心地がエピダウロスでした。エピダウロスからコースへ植民した人々は、このアスクレーピオス崇拝をコースに運んだのでした。そしてコースにはアスクレーピオスの大きな神殿アスクレーピエイオンが建てられるようになりました。